アナウンサーとしてKBS京都TVで「亀岡市政番組」を担当していた私は、1988年の亀岡市「生涯学習都市宣言」をきっかけに生涯学習論を学び、全国各地の「生涯学習まちづくり・ひとづくり」の取り組みに関わるようになりました。
そのご縁で1999年から5年間「北海道YOSAKOIソーラン祭り」の審査委員をさせていただきました。踊りを通してイキイキと仲間づくり、まちづくりをしている人たちの姿を目の当たりにし、京都にも京都らしい、人が元気になる踊りがあったら、との想いが芽生えました。
2001年、京都市教育委員会開催、若者元気まつり「大風流(だいふりゅう)」のアドバイザーとして青少年育成事業に関わることになり、さまざまなダンスチームが出演するプログラムの中で唯一「大風流」公認チームとして「今(いま)神楽(かぐら)・踊り(ゆめおどり)(日本古来の巫女神楽をイメージしたもの)」というチームを立ち上げることになりました。踊りが青少年育成につながれば、との想いから、このチームを3年間運営してきました。
青少年育成を考えたのは『ことばの世界』で30年あまり仕事をしてきたなかで、人とうまく関われない、自己表現の苦手な若者にたくさん出会ってきたからです。
それまでことばによる自己表現講座を10年続けてきて、対人関係能力を高めるために《自分を見つめ》《自分を開くこと》を研究、アドバイスしてきましたが、踊りという身体表現からもそれが可能ではないかと考えていました。
自分のものなのに、自分の思い通りにならない「身体」が踊りを通して少しずつ操れるようになってくると、こころと身体が外に向かって開いてくるように思えます。それによって「ことばによる自己表現」で目指してきたものと同じ「相手の心に届く」表現ができるようになると考え、若者をサポートしてきました。
2003年「今神楽・夢踊り」をご覧になった方から「踊りに感動した。新しい京都のまちおこし、低迷する和装産業の活性化に若い人たちのエネルギーあふれる踊りを活用できないか」という声があがりました。そして2004年、北海道で芽生えて以来、温めてきた「京都らしい踊り」を極めるために新しい踊りをプロデュースすることになったのです。それが「京小町踊り」です。
江戸時代1634年、徳川家光上洛の折、京の町娘たちが歓迎の気持を踊りにして将軍一行を出迎えました。この歓迎の踊りが「小町踊り」と言われています。伝統に裏づけられた新しい感覚の文化が数多く展開した江戸中期の元禄時代、京都では宮崎友禅斎の特色ある意匠と染めの技術が見事に開花し、当時流行の友禅染の着物を着て「小町踊り」が踊られていたそうです。
家光上洛から370年、宮崎友禅斎生誕350年の2004年、「小町踊り」の時代と重なる流れが京都に起こっています。新たな京都ブランドの発信がはじまり、若い女性たちの間でも着物ブームの兆しが見えてきたのです。
この時代を捉え、現代版「小町踊り」をつくることで、若い女性たちに着物を着て踊る楽しさを提案し、かつての「小町踊り」のように、京都観光にいらっしゃる方たちをお迎えしたり、他都市での京都PR隊として活動したりと、若い女性のエネルギーで京都の文化の継承と振興に寄与していこうと「京小町踊り子隊プロジェクト」を特定非営利活動法人(NPO)として設立いたしました。
◆2004年9月17日京都府より認可